イギリスの警察官は、銃を持っていない――。
海外の警察を紹介する話題では、そんなイメージがよく語られます。
たしかに、イングランドとウェールズでは、街をパトロールする通常の警察官の大多数が銃器を日常的に携帯していません。
では、銃を持った犯人が現れたらどうするのでしょうか?
刃物を持った人物やテロリストに遭遇した場合も、警察官は「丸腰」で立ち向かうのでしょうか?
実は、ここにはイギリス独特の仕組みがあります。
イギリスの警察は、**「警察官全員を武装させる」のではなく、「銃器が必要な状況には専門の武装警察官を投入する」**という方法を採用しているのです。
この記事では、イギリス警察が日常的に銃を携帯しない理由から、AFOやARVと呼ばれる武装警察の仕組み、テーザーの普及、そして現代のイギリス警察が抱える課題まで詳しく解説します。
※この記事では主にイングランドとウェールズの警察制度を扱います。スコットランドや北アイルランドでは制度や運用に違いがあります。
イギリスの警察官は本当に銃を持っていない?

まず確認しておきたいのは、「イギリス警察には銃を持った警察官がいない」という意味ではないということです。
イングランドとウェールズでは、通常の警察官の多くは銃器を携帯していません。
一方で、銃器を携帯・使用するための専門的な訓練と認可を受けた警察官も存在します。
2026年3月31日時点では、イングランドとウェールズで運用可能な武装警察官は5,917人でした。
警察官全体から見ると約4%にあたり、圧倒的多数の警察官は銃器を日常的に携帯していません。
つまり、正確に表現するなら、
「イギリス警察は銃を持たない」のではなく、「警察官を一律に武装させていない」
ということになります。
この違いを理解することが、イギリス警察を知るうえで非常に重要です。
なぜイギリスの警察官は銃を持たないのか?
「Policing by Consent」という考え方

イギリス警察の非武装という特徴を理解するうえで、よく登場する言葉があります。
それが、
Policing by Consent
です。
日本語では「市民の同意に基づく警察活動」などと訳されます。
これは、警察が単純に国家権力によって市民を押さえつけるのではなく、市民からの信頼と同意を基盤として治安を維持するという考え方です。
近代的なイギリス警察制度が成立した19世紀から、この考え方は警察文化の重要な要素となってきました。
そのため、警察官が日常的に銃器を携帯することについても、イギリスでは歴史的に慎重な姿勢が取られてきました。
「銃を持たないこと」そのものがすべてではない
ただし、
「Policing by Consent
だから警察官は銃を持たない」
と単純化するのは正確ではありません。
非武装という伝統には、警察と市民との関係だけでなく、イギリスの歴史、社会の銃器事情、警察制度の発展、そして銃器が必要な事件には専門部隊を投入する仕組みなど、複数の要素が関係しています。
つまり、「一つの思想だけで現在の制度ができた」と考えないほうが正確なのです。
銃を持たない警察官は何を装備している?
「銃を持っていない」と聞くと、何も武器を持っていないように思えるかもしれません。
しかし、実際にはそうではありません。
通常の警察官も、状況に応じてさまざまな装備を使用します。
代表的なものが、
- 警棒
- 手錠
- 催涙性スプレー
- テーザーなどのConducted Energy Device
- 防護装備
などです。
つまり、
非武装=無防備
ではありません。
警察官は銃器以外の装備を使いながら、相手の抵抗や危険性に応じて対応します。
刃物を持った犯人にはどう対応する?

ここで気になるのが、イギリスで問題となっている刃物犯罪です。
銃を持っていない警察官が、ナイフなどを持った人物と遭遇した場合、必ずしも正面から接近して取り押さえようとするわけではありません。
ディエスカレーションと距離の確保
警察活動では、状況に応じて相手を落ち着かせる「ディエスカレーション」も重要になります。
相手との距離を確保しながら、
- 状況を確認する
- 相手とコミュニケーションを取る
- 周囲の人を安全な場所へ移動させる
- 応援を要請する
- 必要に応じて装備を使用する
といった対応を組み合わせます。
もちろん、危険が差し迫っている場合には、単純に「話し合えば解決する」というものではありません。
重要なのは、警察官が状況に応じて使える手段を複数持っていることです。
テーザーの普及で「非武装」の意味も変わっている
近年のイギリス警察を語るうえで、無視できないのがテーザーです。
テーザーは、電気刺激によって相手の身体の動きを一時的に阻害することを目的とした装備です。
銃器よりも使用目的が限定された「致死性を低減することを目的とした装備」として、銃器と通常装備の間を埋める役割を果たしています。
ただし、テーザーも「絶対に人を死亡させない武器」という意味ではありません。
そのため、使用には訓練や一定の基準が必要です。
「銃は持たないが、武器は増えている」という変化
ここには、現在のイギリス警察が抱える興味深い変化があります。
昔ながらのイメージでは、
イギリス警察=武器を持たない警察
という印象があります。
しかし現在は、
銃器を持たない通常警察官にも、より強力な装備を持たせる
という方向への変化も見られます。
これは、刃物などの危険に対応する必要性と、市民の安全、警察官自身の安全をどう両立させるかという問題につながっています。
銃を持つ警察官「AFO」とは?

では、本当に銃器が必要になった場合はどうするのでしょうか。
そこで登場するのが、
AFO(Authorised Firearms Officer)
です。
日本語では「銃器使用を認可された警察官」などと説明できます。
重要なのは、AFOが単なる「特殊部隊の名前」ではないことです。
AFOとは、必要な訓練と認可を受け、銃器を携帯・使用することを認められた警察官を指します。
つまりイギリスでは、
通常の警察官
銃器を日常的に携帯しない
↓
必要な訓練を受けたAFO
銃器の携帯・使用が認可されている
という役割分担があります。
ARV――武装警察が現場へ向かう仕組み
AFOが実際に現場へ向かう際に重要になるのが、
ARV(Armed Response Vehicle)
です。
これは簡単に言えば、武装警察官を乗せて現場へ向かう武装対応車両です。
銃器を使った事件や、生命に重大な危険がある事件などでは、このような武装対応能力が投入されます。
つまり、
「通常警察官が銃を持っていないから、危険な事件が起きても何もできない」
という仕組みではありません。
必要なときに武装警察官を投入できる体制を、別に用意しているのです。
銃撃事件が起きたら、最初の警察官はどうする?
ここは意外に知られていないポイントです。
銃器が使われている重大事件でも、最初に現場へ到着する警察官が必ず武装警察官とは限りません。
非武装の警察官が先に到着する場合もあります。
その場合、重要になるのは「銃を持って犯人と戦うこと」ではありません。
状況を把握し、
- 市民を危険な場所から避難させる
- 負傷者を救護する
- 現場を確保する
- 情報を収集・伝達する
- 武装警察官の到着につなげる
といった役割を担います。
つまり、
「最初に来た警察官が犯人を制圧する」ことだけを前提にした制度ではない
のです。
通常警察官と武装警察官で役割を分担することで、全警察官を銃器対応要員にする必要をなくしています。
さらに専門的な部隊「CTSFO」
さらに高度な銃器対応が必要になる場合には、より専門的な訓練を受けた警察官が対応します。
その代表が、
CTSFO(Counter Terrorist Specialist Firearms Officer)
です。
名称のとおり、対テロなど極めて高度な銃器対応を想定した専門的な警察官です。
人質事件やテロなど、通常の武装警察だけでは対応が難しい重大事件では、このような高度な専門能力が投入されます。
このように見ると、イギリスの警察には、
通常警察官 → AFO → より高度な専門的銃器対応
という段階的な仕組みが存在していることが分かります。
イギリス警察の「二段構え」にはどんなメリットがある?
この制度には、いくつかのメリットがあります。
すべての警察官を武装させる必要がない
日常的な交通トラブル、窃盗、近隣トラブルなど、すべての事件で銃器が必要になるわけではありません。
そのため、通常の警察活動を担う警察官と、銃器対応を専門とする警察官を分けることができます。
警察と市民との距離を保ちやすい
銃器を携帯した警察官が街を歩くことと、銃器を携帯していない警察官が歩くことでは、市民から見た印象も異なります。
イギリスでは、こうした警察と市民の関係を長期的に重視してきました。
銃器対応を専門家に集中できる
銃器の使用には高度な訓練が必要です。
そこで、必要な警察官に訓練と装備を集中させることで、銃器対応の専門性を維持することができます。
一方で、非武装制度には問題もある
もちろん、この制度が万能というわけではありません。
警察官自身が危険にさらされる可能性
銃を持っていない警察官が重大な脅威に直面する可能性はあります。
武装警察官が到着するまでの間、どのように市民と警察官の安全を確保するかは重要な課題です。
テーザーなどの使用拡大という別の問題
銃器を持たせない代わりに、より強力な非致死性・低致死性装備を配備することになれば、今度はその使用が適切なのかという問題が生まれます。
「武器を持たない警察」という伝統を守りながら、現代の犯罪に対応する。
このバランスは簡単ではありません。
犯罪情勢が変われば制度も変わる
テロ、銃器犯罪、刃物犯罪などの脅威が変化すれば、警察に求められる装備や訓練も変わります。
そのため、現在のイギリス警察は「昔ながらの完全な非武装」をそのまま維持しているわけではありません。
「イギリス警察は銃を持たない」は半分正しく、半分誤解
ここまで見てくると、最初の疑問に対する答えも見えてきます。
イギリスの警察官が銃を日常的に携帯しない背景には、長い歴史と、警察と市民との信頼関係を重視する文化があります。
しかし、それだけではありません。
イギリス警察は「銃を必要とする事件は、専門の武装警察官が対応する」という仕組みを同時に発達させてきました。
そのため「イギリス警察は銃を持たないから危険な事件に弱い」という単純な話でもありません。逆に「イギリスの警察官は全員完全に丸腰」というのも正確ではありません。
まとめ:イギリスが選んだのは「一律武装しない」という道
イギリス警察の特徴を一言で表すなら、
「非武装」よりも「一律に武装しない」
という表現のほうが適切でしょう。
普段は銃器を持たない警察官が市民と接し、日常的な治安維持を行う。
一方で、銃器やテロなどの重大な脅威が発生した場合には、AFOやARVなどの武装警察が対応する。
さらに高度な事案には、専門的な銃器対応能力が投入されます。
つまりイギリスの制度は、
「警察から銃をなくした」のではなく、
「銃を必要とする仕事を専門家に集中させた」
と考えると分かりやすいでしょう。
そして現在では、テーザーなどの装備が普及することで、「非武装」という伝統そのものも少しずつ変化しています。
長い歴史を持つ「Policing by Consent」と、現代の犯罪に対応するための武装警察。
この二つを組み合わせた独特の仕組みこそが、イギリス警察の大きな特徴なのです。


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