日本の国民食、ラーメン。「日本で最初にラーメンを食べたのは水戸黄門(徳川光圀)」というエピソードは、歴史雑学の定番として長く親しまれてきました 。しかし2017年、この定説を200年以上も遡る驚きの新事実が明らかになりました 。
実は、室町時代にはすでに「中華麺」のルーツといえる料理が日本で食べられていたのです 。今回は、ラーメンの歴史を塗り替えた発見と、それでも色褪せない黄門さまのこだわりについて解説します。
1. 200年遡る新発見!室町時代の「経帯麺(けいたいめん)」
2017年7月、新横浜ラーメン博物館は「日本最古のラーメン」に関する新たな説を発表しました 。その根拠となったのは、室町時代の僧侶が記した日記『蔭涼軒日録(いんりょうけんにちろく)』です 。
- いつ、誰が食べた?:1488年、京都の相国寺にある「蔭涼軒」の僧侶が、来客に振る舞ったという記録が残っています 。
- なぜ「ラーメン」といえるのか?:最大の特徴は、中国の百科事典『居家必要事類』に記されたレシピに、小麦粉と塩のほか、「かん水(アルカリ塩水溶液)」が含まれていた点です 。
- 中華麺の定義:現代のラーメンにおいて、中華麺の条件は「かん水が使われていること」とされており、この経帯麺はその条件を完全に満たしています 。
当時のスープは、精進料理の流れを汲むシイタケや梅昆布などの「だし」を用いたものだったと推測されています 。
2. 定説だった「水戸黄門」のエピソード
新説が登場するまで、1697年に徳川光圀が食べたものが日本初とされてきました 。光圀は、明の儒学者・朱舜水(しゅしゅんすい)から伝授された麺を自ら打ち、家臣に振る舞ったと伝えられています 。
- こだわりの具材:光圀のラーメンには、中国ハム(火腿)が使われていたという説があり、現代のラーメンに近いスタイルでした 。
- 「五辛」のすすめ:光圀は、美味しく食べるために「五辛(ニラ、ネギ、ニンニク、ショウガ、ラッキョウ)」を添えるよう勧めたといいます 。
- 町おこしへの影響:この逸話をもとに、茨城県水戸市では「水戸藩ラーメン」が再現され、ご当地グルメとして親しまれています 。
3. なぜ「最初」の説が分かれるのか?
「日本で最初」の定義をどこに置くかで、答えは変わってきます。
- 「中華麺(かん水入りの麺)」の最初であれば、1488年の経帯麺です 。
- 「現代のラーメンに近い形(スープや具材の構成)」を重視すれば、江戸時代の徳川光圀が有力な候補となります 。
- ちなみに、ラーメンが「庶民の食べ物」として普及し始めたのは、1910年(明治43年)に浅草で「来々軒」が創業してからだと言われています 。
まとめ:歴史のロマンを味わう
長年信じられてきた「水戸黄門説」は、200年以上も古い「室町時代の僧侶」へと主役を譲ることになりました 。しかし、自ら麺を打ち、家臣に振る舞った光圀の食への探究心が、日本のラーメン文化の精神的な礎となったことは間違いありません 。
新横浜ラーメン博物館では、現在「経帯麺」と「光圀公のラーメン」の両方の再現レプリカが展示されています 。歴史の変遷に思いを馳せながら、次の一杯を味わってみてはいかがでしょうか。


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