映画を観ていて、こんな疑問を持ったことはありませんか?
「登場人物たちが命がけで奪い合っていた、あのケース。結局、何が入っていたの?」
「物語の中心にあったはずの宝物なのに、最後はどうでもよくなっていない?」
実は、映画にはあえて中身や正体を詳しく説明しないことで、物語を面白くする技法があります。
それが「マクガフィン(MacGuffin)」です。
『パルプ・フィクション』の謎のブリーフケースをはじめ、『スター・ウォーズ』『タイタニック』などの有名映画にも、マクガフィンと呼ばれる仕掛けが登場します。
今回は、マクガフィンの意味をわかりやすく解説するとともに、大ヒット映画の実例や、海外の映画ファン・専門家が評価する優れたマクガフィンを紹介します。
※この記事には、一部の映画の展開や結末に関するネタバレが含まれます。
マクガフィンとは? 中身がわからなくても映画は面白い!
マクガフィンとは、登場人物の行動を引き起こし、物語を進めるきっかけとなるアイテムや情報、目的のことです。
特徴的なのは、登場人物にとっては非常に重要でも、観客にとってはその具体的な中身が必ずしも重要ではないという点です。
少しわかりにくいので、典型的な映画を例に見てみましょう。
『RONIN』の銀色のケースこそ、マクガフィンの典型例
1998年公開、ロバート・デ・ニーロとジャン・レノが出演したアクション映画『RONIN』。
この映画では、元工作員などで構成されたチームが、ある銀色のケースを奪う任務を引き受けます。
ケースをめぐって裏切りや激しい銃撃戦、カーチェイスが繰り広げられ、登場人物たちは命を危険にさらします。
ところが、映画を最後まで観ても、ケースの中身は明らかになりません。
宝石なのか、国家機密なのか、それとも危険な兵器なのか。
観客にはわからないままです。
しかし、考えてみてください。
ケースの中身が何であろうと、映画の面白さはほとんど変わりません。
大切なのはケースの中身ではなく、それをめぐって誰が裏切り、誰が戦い、どんな事件が起こるのかということだからです。
登場人物には必要不可欠。でも観客には正体を教えなくてもいい。
これがマクガフィンのわかりやすい例なのです。
マクガフィンを広めたのはサスペンスの巨匠ヒッチコック
マクガフィンという言葉を映画界に広めたのは、『サイコ』『鳥』『北北西に進路を取れ』などで知られる映画監督、アルフレッド・ヒッチコックです。
ヒッチコックは、この概念を説明するために奇妙なジョークを紹介しています。
列車の中で、ある男が別の男の荷物を見て尋ねます。
「それは何ですか?」
「マクガフィンです。スコットランドの高地でライオンを捕まえる道具ですよ」
「でも、スコットランドの高地にライオンなんていませんよね?」
「それなら、これはマクガフィンではありませんね」
何とも不思議な会話です。
つまり、マクガフィンは、それ自体の意味よりも、そこから話を動かすことに価値があるのです。
この逸話はヒッチコックが1939年の講演で紹介したもので、脚本家アンガス・マクファイルから聞いた話とされています。
大ヒット映画にも登場するマクガフィン
マクガフィンは古いサスペンス映画だけの技法ではありません。
現代の大ヒット映画にも、登場人物たちの行動を動かすさまざまなマクガフィンが使われています。
ただし、ここから紹介するものには、ヒッチコックが考えた厳密なマクガフィンだけでなく、意味を広く捉えた例も含まれます。
『パルプ・フィクション』の光るブリーフケース
パルプ・フィクション(1994年)
クエンティン・タランティーノ監督の代表作に登場する、謎のブリーフケース。
ケースを開けた人物の顔が黄金色の光に照らされる印象的な演出があり、観客は中身が何なのか気になって仕方ありません。
しかし、その正体は最後まで明らかになりません。
金塊なのか、ダイヤモンドなのか、それとも超自然的な何かなのか。
さまざまな考察が生まれましたが、映画の物語を理解するために正解を知る必要はありません。
むしろ、説明されないからこそ観客の想像が膨らむという、マクガフィンの魅力を象徴する作品です。
『スター・ウォーズ』のデス・スター設計図
スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望(1977年)
銀河帝国が必死に探しているのは、巨大宇宙要塞デス・スターの設計図です。
設計図はドロイドのR2-D2に託され、反乱軍へ届けられようとします。
この情報があることで、追跡劇が始まり、主人公ルーク・スカイウォーカーも壮大な冒険へ巻き込まれていきます。
設計図の細かな内容を観客が理解する必要はありません。
興味深いことに、ジョージ・ルーカスは、観客が愛着を持てるR2-D2そのものをマクガフィンとして捉えていました。
ヒッチコックが重視した「観客にとって中身は重要でない」という考え方に対し、ルーカスは観客もマクガフィンを大切に思えることを重視したのです。
『タイタニック』の碧洋のハート
タイタニック(1997年)
映画の冒頭、海底に沈んだタイタニック号から探し出そうとしているのは、巨大な青いダイヤモンド「碧洋のハート」です。
この宝石の捜索がきっかけとなり、年老いたローズが過去を語り始めます。
しかし、映画の本当の中心にあるのは宝石の価値ではありません。
ジャックとローズの出会い、愛、そして悲劇です。
ダイヤモンドは物語を過去へ導く装置として機能しているのです。
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のインフィニティ・ストーン
アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー(2018年)
宇宙の強大な力を秘めた6つのインフィニティ・ストーン。
サノスはこれらを集めようとし、ヒーローたちはそれを阻止しようとします。
ストーンの争奪が映画全体を動かすため、広い意味ではマクガフィン的な役割を果たしています。
ただし、ここには重要な違いがあります。
インフィニティ・ストーンは、それぞれに特殊な能力があり、その力が物語の結末に直接関わります。
そのため、単に別の宝物へ置き換えることはできません。
物語を動かす重要アイテムではあっても、厳密な意味でのマクガフィンとは限らないという好例です。
脚本家向けソフトウェアFinal Draftの解説でも、インフィニティ・ストーンは広義のマクガフィンとして紹介されています。
海外の映画ファン・専門家が評価する最高のマクガフィン3選
ここからは、単に有名な映画ではなく、マクガフィンの使い方そのものが巧妙な作品を紹介します。
参考にしたのは、海外の映画ファンが集まるRedditの議論、映画批評サイトScreenCrush、脚本家向けの解説、そして映画専門チャンネルTurner Classic Movies(TCM)の専門家による評価です。
これらを踏まえ、今回は「映画史への影響」「物語上の巧妙さ」「マクガフィンとしての独創性」という観点から3作品を選びました。
※ここからは作品の重要な展開や結末に触れます。
『マルタの鷹』――誰もが欲しがる宝物の正体
マルタの鷹(1941年)
映画史におけるマクガフィンの代表例として、何度も名前が挙がる作品です。
物語の中心となるのは、莫大な価値を持つとされる鷹の彫像。
登場人物たちはその彫像を手に入れるため、嘘をつき、裏切り、時には殺人まで犯します。
ところが、ようやく手に入れた彫像は、期待されていた本物の宝物ではありませんでした。
人々が命を懸けて追い求めていたものが、実は求めていた価値を持っていなかったのです。
この映画の面白さは、彫像の価値ではなく、それを欲しがる人間たちの欲望にあります。
映画専門チャンネルTCMの司会者ベン・マンキーウィッツも、この結末に注目しています。
つまり、登場人物たちは宝物を追い求めていたつもりでも、観客が本当に見ていたのは人間の欲望だったというわけです。
『サイコ』――途中で消えてしまう4万ドル
サイコ(1960年)
マクガフィンの使い方が特に巧妙なのが、ヒッチコック監督の『サイコ』です。
映画の序盤、主人公マリオンは勤務先から4万ドルを盗み、車で逃亡します。
観客は当然、そのお金がどうなるのか気になります。
無事に逃げ切れるのか。盗みは発覚するのか。お金を返すことになるのか。
ところが、映画の途中で予想外の事件が発生し、物語の焦点は一変します。
それまで重要だった4万ドルは、物語の中心から外れてしまうのです。
ここでヒッチコックが行っているのは、観客の注意を意図的に別の方向へ向けることです。
観客が追いかけていたはずの物語そのものを、途中でひっくり返してしまう。
この大胆な構成こそ、『サイコ』がマクガフィンの名例とされる理由です。
TCMでも『サイコ』は、ヒッチコックの代表的なマクガフィン作品として取り上げられています。
『カサブランカ』――存在しない万能の通行証
カサブランカ(1942年)
最後に紹介するのは、少し変わったマクガフィンです。
第二次世界大戦中のモロッコを舞台にした『カサブランカ』。
この映画で重要な役割を果たすのが、持っていれば出国できるとされる「通行証」です。
登場人物たちはこの通行証をめぐって駆け引きを繰り広げます。
ところが、この通行証には奇妙な点があります。
映画に登場するような、敵対勢力すら従わせる万能の通行証は、現実には存在しなかったのです。
映画専門チャンネルTCMの司会者エディ・ミュラーは、まさにその点を優れたマクガフィンとして評価しています。
現実の制度としては不自然でも、映画の中では誰もがその通行証を必要とし、物語を動かす重要な存在になっています。
そして観客が心を奪われるのは、通行証の仕組みではありません。
戦争に翻弄される人々の選択と、忘れられない恋愛ドラマです。
架空の通行証ひとつが、映画史に残る名作の物語を動かしていた。
これもまた、マクガフィンの力を示す好例でしょう。
海外の映画ファンも「最高のマクガフィン」を議論している
マクガフィンの面白さは、映画専門家だけの話題ではありません。
海外の掲示板Redditでも、映画ファンたちが優れたマクガフィンについて議論しています。
2017年には、映画コミュニティ「r/movies」で「映画史上最高のマクガフィンは何か?」というスレッドが立てられました。
また、脚本について語る「r/Screenwriting」でも、優れたマクガフィンをめぐる議論が行われています。
こうした議論で面白いのは、何がマクガフィンに該当するのか、という定義そのものについて意見が分かれることです。
例えば『ロード・オブ・ザ・リング』の「一つの指輪」。
ロード・オブ・ザ・リングの指輪は、登場人物たちが追い求め、物語全体を動かす重要なアイテムです。
一見すると、マクガフィンの条件を満たしているように思えます。
しかし、この指輪には持ち主の精神に影響を与える特殊な力があり、その性質自体が物語の重要なテーマになっています。
指輪を普通の宝石に置き換えてしまえば、同じ物語は成立しないでしょう。
そのため、典型的なマクガフィンとは異なると考えることもできます。
このように、映画ファンの間でも「物語を動かすものはすべてマクガフィンなのか?」という議論があるのです。
参考:Reddit・映画史上最高のマクガフィンについての議論、Reddit・脚本上の優れたマクガフィンについての議論。
マクガフィンにまつわる意外な雑学
マクガフィンは物体でなくてもいい
マクガフィンというと、宝石やブリーフケースなどの物体を想像しがちです。
しかし、必ずしも形のあるものとは限りません。
秘密の情報、誰かの居場所、達成すべき目的なども、物語を動かす役割によってはマクガフィンと呼ばれます。
例えば、脚本家向けの解説では『ファインディング・ニモ』の「ニモを見つける」という目的も、広い意味でマクガフィン的な役割を果たすと説明されています。
ただし、目的や謎をすべてマクガフィンと呼ぶのは、ヒッチコックの古典的な定義よりも広い解釈です。
マクガフィンと伏線は何が違う?
映画の仕掛けとしてよく知られている「伏線」と「マクガフィン」。
似ているようで、役割は異なります。
| マクガフィン | 伏線 | |
|---|---|---|
| 主な役割 | 物語を動かす | 後の展開を準備する |
| 中身の説明 | 不要な場合がある | 後に意味が明らかになることが多い |
| 代表例 | 『RONIN』のケース | 序盤の何気ない台詞が結末につながる |
例えば、映画の冒頭で登場した謎の箱が、最後まで中身不明のまま争奪戦を生み出すならマクガフィン的です。
一方、序盤で何気なく映った箱の中身が、最後に事件を解決する決定的な手がかりになるなら、伏線として機能していると考えられます。
もちろん、一つのアイテムが両方の役割を持つこともあります。
マクガフィンは説明しすぎないほうがいい?
マクガフィンを使う際、脚本家が注意すべき点もあります。
脚本家向けソフトウェアFinal Draftの公式ブログでは、マクガフィンを過剰に説明することの問題が指摘されています。
登場人物が何を求めているのかを理解できれば、その仕組みを細かく説明する必要はありません。
説明に時間をかけすぎると、本来描くべき登場人物の感情や対立が薄れてしまう場合があるのです。
ただし、何も説明しなければいいというわけでもありません。
登場人物がそれを追い求める理由には、観客が納得できるだけの説得力が必要です。
まとめ:最高のマクガフィンは、観客が中身を忘れてしまうもの?
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映画専門チャンネルTCMの司会者エディ・ミュラーは、優れたマクガフィンについて興味深い考えを語っています。
それは、映画が終わって30分もすれば、登場人物たちが何を追いかけていたのか思い出せなくなるようなものこそ、最高のマクガフィンだという考え方です。
確かに、『RONIN』のケースの中身はわかりません。
『サイコ』の4万ドルも、途中から観客の関心を失います。
『カサブランカ』の通行証も、細かな仕組みを覚えている必要はありません。
それでも、私たちは映画の登場人物や、彼らが経験した出来事を覚えています。
マクガフィンは、映画の中では非常に重要な存在です。
しかし、観客にとって本当に重要なのは、それを手に入れることではなく、そこに至るまでの物語なのかもしれません。
登場人物は宝物を追いかける。観客はその人間たちの物語を追いかける。
それこそが、マクガフィンという映画技法の面白さなのでしょう。


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