2002年に公開された映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』。
レオナルド・ディカプリオとトム・ハンクスが共演し、スティーヴン・スピルバーグが監督した人気作品です。
その主人公は、10代にしてパイロット、医師、弁護士などになりすまし、FBIの追跡をかわしながら世界中で詐欺を繰り返したという天才詐欺師。
あまりに現実離れした物語ですが、驚くことに「実在した人物の体験」をもとに作られています。
ところが近年、この映画のモデルとなった人物について、さらに驚くべき事実が明らかになりました。
なんと、天才詐欺師として語られてきた華々しい経歴そのものが、大部分で事実と食い違っていたのです。
しかも、その人物は単に嘘をついていたわけではありません。
疑わしい経歴をもとに社会的な名声を得て、Googleで講演し、FBIとも接点を持つ詐欺対策の専門家になっていました。
いったい、どういうことなのでしょうか。
パイロット、医師、弁護士になりすました伝説の詐欺師
映画のモデルになったのは、1948年生まれのアメリカ人、フランク・アバグネイル・ジュニアです。
本人の自伝や講演で語られてきた経歴は、まるで映画の脚本のような内容でした。
16歳で家を飛び出し、航空会社パンアメリカン航空のパイロットになりすまして、世界各国を無料で飛び回る。
さらに、医学の資格など持っていないのに医師として病院で働き、法律を正式に学んでいないにもかかわらず司法試験に合格し、弁護士としても活動したというのです。
それだけではありません。
偽造小切手を使って約250万ドルもの金をだまし取り、FBIの捜査官たちを何年も翻弄したと語っていました。
そして最終的には逮捕されるものの、その才能を評価され、今度はFBIに協力して詐欺犯罪を防ぐ側に回ったという、見事な逆転人生まで用意されています。
もちろん、こんな話を聞けば「本当にそんなことができるのか?」と疑問に思うでしょう。
しかし、この信じられないような物語は1980年に自伝として出版され、2002年にはハリウッド映画にもなりました。
世界中の人々が、彼を伝説の天才詐欺師として知るようになったのです。
ところが、実際の記録を調べてみると、その人生はまったく違う姿を見せ始めます。
世界中を逃亡していたはずの男は、刑務所にいた
アバグネイルの経歴を疑問視する声は、実は映画公開よりもずっと前から存在していました。
そして2020年、著述家アラン・C・ローガンが著書『The Greatest Hoax on Earth』で、刑務所記録や裁判記録などを使った本格的な検証を発表します。
その後、ジャーナリストのハビエル・レイバも独自に調査を行いました。
そこで浮かび上がったのは、映画とは大きく異なる人物像だったのです。
パイロットとして世界中を飛び回った?
アバグネイルが航空会社のパイロットの制服を着て、パイロットを装ったことには裏付けがあります。
しかし、その期間は短く、世界各国を何年も飛び回ったという話を裏付ける記録は確認されていません。
実際に確認された事件の一つは、パイロットを装って客室乗務員の女性に近づき、その家族の信用を得て金品を盗んだというものでした。
映画のような華麗な航空会社相手の詐欺とは、ずいぶん印象が違います。
医師や弁護士になったという話は?
病院で医師として勤務したという経歴についても、信頼できる裏付けは見つかっていません。
司法試験に合格して弁護士になったという主張も同様です。
ただし、医師を装った行為そのものには別の事件での記録があります。
つまり、医師になりすましたことと、実際に病院で医師として働いたことは別の話なのです。
最大の矛盾は、刑務所の記録だった
そして、最も決定的だったのが刑務所の記録です。
調査によれば、アバグネイルは1965年7月から1968年12月まで、ニューヨーク州の刑務所に収監されていました。
※本物のフランクと投獄について触れている記事。

これは、本人が世界中を逃亡しながら大胆な詐欺を繰り返していたと主張する時期と重なります。
つまり、世界を飛び回っていたはずの男は、その間の大部分を刑務所で過ごしていたことになります。
小切手詐欺を働き、逮捕・服役したことは事実です。
しかし、その犯罪歴は、自伝や映画で描かれた壮大な物語とは大きく異なっていたのです。
それでも彼は、Googleで講演するほどの専門家になっていた
ここで、この話はさらに奇妙な展開を迎えます。
経歴の大部分が疑わしいにもかかわらず、アバグネイルは出所後、詐欺対策の専門家として社会的な成功を収めていたのです。
彼は企業や金融機関向けに詐欺の手口を説明し、セキュリティ対策について講演する活動を続けていました。
そして2017年11月27日には、なんとGoogleの公式講演イベント『Talks at Google』に登壇しています。
その講演は約1時間に及び、Googleの公式YouTubeチャンネルで公開されました。
動画は1,500万回以上再生されるほどの注目を集めています。
Googleの紹介文では、彼は著名なサイバーセキュリティと詐欺対策の専門家として紹介されていました。
ここで、少し考えてみてください。
パイロットや医師になりすましたという経歴を持つ人物が、今度は世界的なIT企業で、詐欺から身を守る方法を教えているのです。
しかも、その華々しい経歴の多くが疑わしいとなれば、なんとも皮肉な話ではないでしょうか。
もっとも、Googleが彼の過去の経歴をすべて確認し、事実だと保証していたわけではありません。
それでも、彼がGoogleという大きな舞台で実際に講演したことは紛れもない事実です。
FBIとの関係は本当だったのか?
さらにアバグネイルは、FBIとの長年の協力関係についても語ってきました。
かつて追われる立場だった人物が、今度はFBIに詐欺の手口を教える側になる。
これも映画では印象的な展開です。
実際、アバグネイルがFBIの関係者と交流を持ち、講演活動を行っていたことには裏付けがあります。
しかし、本人が長年語ってきたような、FBIに正式に雇用され、何十年も捜査活動に協力してきたという経歴には疑問が残ります。
調査番組『PRETEND』によれば、FBI側が確認したのは無報酬のゲスト講演者としての関係であり、長年の正式な雇用関係を示す記録は確認されていません。

ここでも、実際に存在した接点と、本人が語る壮大な経歴との間には大きな隔たりがあったのです。
トム・ハンクスが演じたFBI捜査官との友情は?
<text-placeholder>画像案:映画のトム・ハンクス演じるFBI捜査官の場面</text-placeholder>
映画でトム・ハンクスが演じたのは、主人公を追い続けるFBI捜査官カール・ハンラティ。
映画では、逃げる詐欺師と追う捜査官の間に、次第に奇妙な友情が生まれていきます。
この人物には、実在したFBI捜査官ジョセフ・シェイというモデルがいました。
シェイは実際にアバグネイルの事件に関わった捜査官です。
そして、二人の交流そのものが作り話だったわけでもありません。
2002年12月6日付の『ロサンゼルス・タイムズ』によれば、シェイが事件を担当した期間は短かったものの、二人は後年、元FBI捜査官の集まりで再会し、友人関係を築いていました。
つまり、二人の友情には一定の事実関係があったのです。
ただし、映画のように何年も世界中を追いかけ、互いに父親と息子のような深い関係になっていったという描写は、映画的な脚色を含んでいます。
興味深いのは、実在したFBI捜査官との交流が、アバグネイルの語る伝説をさらに本物らしく見せる材料にもなり得たという点です。
本人がどこまで意図していたかはわかりません。
しかし、実際にFBI関係者と交流していたという事実を知れば、ほかの驚くべき経歴まで信用してしまう人がいても不思議ではないでしょう。
詐欺師が「詐欺にだまされない方法」を教える立場に
アバグネイルの活動は、GoogleやFBIとの関係だけではありませんでした。
アメリカの大規模な非営利団体AARPでも、詐欺対策のアンバサダーとして活動していました。
2018年には、AARPが制作する詐欺対策ポッドキャスト『The Perfect Scam』の共同司会を担当。
実際の詐欺被害を紹介しながら、人々に詐欺から身を守る方法を教えていたのです。
ここで忘れてはいけないのは、彼が本当に小切手詐欺を行った人物であるということです。
詐欺の経験者が犯罪防止について語ること自体は、必ずしもおかしなことではありません。
しかし、その専門家としての知名度を高めた過去の武勇伝に重大な疑問があるとなれば、話は変わってきます。
※AARPの記事
疑わしい経歴で得た名声が、現実の仕事と社会的な信用につながっていた。
そして、その実績がさらに過去の経歴を本物らしく見せていく。
こうして彼は、単なる元詐欺師ではなく、世界的に知られる詐欺対策の専門家になっていったのです。
経歴への疑惑が広まった後、Googleは注意書きを追加した
長年語られてきたアバグネイルの経歴ですが、疑問を持つ記者たちは以前から存在していました。
1970年代にはすでに、本人の主張と実際の記録が食い違っているという指摘がありました。
それでも、1980年には自伝が出版され、2002年にはハリウッド映画になりました。
その後、2020年にアラン・ローガンの調査本が出版され、2022年にはハビエル・レイバが追加調査を発表。
2023年には米国の『ニューヨーク・ポスト』などでも大きく取り上げられ、経歴への疑惑が改めて広まりました。
こうした動きの中で、Googleの講演動画にも変化が現れます。
2022年8月、Googleはアバグネイルの講演動画に注意書きを追加したと報告されています。
【Googleの注意書きを日本語に翻訳】
Googleは、この動画に含まれる内容を支持・容認するものではなく、また、ここで説明されている行為の真実性を保証するものでもありません。
以下の動画は、2017年11月27日に収録された状態のまま公開されており、歴史的資料として「Talks at Google」YouTubeチャンネルに残されています。
そこには、動画内で語られる行為の真実性をGoogleが保証するものではなく、歴史的資料として公開を続けているという趣旨が記されました。
つまり、かつて詐欺対策の専門家として招いた人物について、その講演内容の真偽を保証しないという立場を示したのです。
ただし、Googleが彼の経歴すべてを虚偽と公式認定したわけではありません。
それでも、この出来事は彼の評価が大きく揺らいだことを象徴しています。
それでも「倫理の英雄」に選ばれていた
さらに意外な出来事があります。
2022年9月12日、アバグネイルは米国のゼイビア大学で「Heroes in Ethics」という倫理に関する賞を授与されました。
経歴への疑惑がすでに広まっていた時期のことです。
調査を続けていたハビエル・レイバは、表彰前に大学側へ問題を伝えていたと説明しています。
それでも表彰は行われました。
もちろん、この事実だけで大学が彼のすべての経歴を信用していたとは断定できません。
しかし、疑惑が表面化した後も彼が社会的な評価を受けていたというのは、実に興味深いことです。
「実話だと思っていたのに……」嘘を知った人々の失望と批判

では、伝説の天才詐欺師の経歴が疑わしいと知った人々は、どう反応したのでしょうか。
当然ながら、失望や批判の声も上がりました。
海外掲示板Redditでは、映画が実話をもとにしていると思っていたのに、中心となるエピソードに裏付けがなかったことを残念がる投稿が見られます。
映画を楽しんでいた人にとって、実話だという点も魅力の一つだったのでしょう。
また、もっと厳しい批判もあります。
映画では、航空会社や銀行などの大企業を出し抜く、どこか憎めない詐欺師として描かれていました。
しかし実際には、個人や家族経営の事業者などが被害を受けた事件も記録されています。
アバグネイルを魅力的な人物として描きすぎているのではないか、という批判があるのも当然でしょう。
そして、もう一つの問題があります。
それは、疑わしい経歴によって名声を得た人物が、詐欺を防ぐ専門家として長年活動していたことです。
単に若いころの犯罪歴を誇張したというだけではありません。
その物語は本になり、映画になり、講演活動や仕事にもつながっていました。
そう考えれば、経歴の矛盾を単なる笑い話で済ませることはできません。
ところが「むしろ本物の天才詐欺師では?」という意外な反応も

ところが、海外のネット上では、まったく別の反応も現れました。
2023年7月、Redditの映画掲示板には、アバグネイルの経歴が嘘だったことを知り、映画の魅力が減ったのか、それとも逆に増したのか判断に迷う、という投稿が寄せられました。
その投稿には7,000件以上の賛成票が集まっています。
さらに、多くの支持を集めたのが、こんな趣旨のコメントでした。
「証拠もないのに、あれほどの詐欺を働いたと世界中に信じ込ませた。それ自体が見事な詐欺ではないか」
また、別のコメントでは、天才詐欺師だと信じ込ませることに成功した結果、本当に天才詐欺師のようになってしまった、という皮肉も語られていました。
もちろん、これは犯罪行為を肯定するというよりも、あまりに奇妙などんでん返しを面白がる反応です。
しかし、そう考えたくなる理由もわかります。
医師になりすますには、医学の知識が必要です。
パイロットになりすますにも、航空業界の知識や、それらしく振る舞う能力が求められます。
ところが、アバグネイルが世間に信じさせたのは、さらに奇妙な話でした。
「自分は医師にもパイロットにもなりすまし、世界中をだました天才詐欺師だった」
その経歴は自伝となり、ハリウッド映画となり、彼は世界的に知られる人物になりました。
そしてGoogleで講演し、FBIとも接点を持ち、詐欺対策の専門家として本物の社会的実績を築いていったのです。
かつての詐欺の武勇伝には重大な疑問が残る一方、その武勇伝によって大きな成功を収めたことは、現実に起きた出来事でした。
映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』では、パイロット、医師、弁護士になりすまし、FBIを翻弄する天才詐欺師の姿が描かれました。
しかし、現実のアバグネイルが成功させた最大のなりすましは、それらの職業ではなかったのかもしれません。
彼が最も見事になりすましたのは、「伝説の天才詐欺師」という人物そのものだったのではないでしょうか。


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