92cm・75kgのギガス写本は悪魔の一晩か一人が20年で書き上げたのか科学が解明

文化・歴史

悪魔の聖書 ギガス写本:歴史を覆す超巨大古文書の全貌

世界の歴史書や古文書を紐解くと、しばしば常識を超えた謎を持つ文献に出会います。その中でも、チェコで生まれたとされる**ギガス写本(Codex Gigas)**は、その圧倒的な物理的スケールと、背徳的な伝説により、「悪魔の聖書(Devil’s Bible」という恐ろしい異名を持ち、世界中の研究者やミステリー愛好家を惹きつけてやみません。

ギガス写本のサイズは、高さ約92cm幅約50cm厚さ約22cm、そして重さはなんと75kgに及びます。これは、一般的な成人の上半身ほどのサイズ感であり、中世に制作された手書きの写本としては、現存する中で疑いようもなく世界最大です。

そして、この写本を完成させるには、一人の人間が最低でも20年以上の歳月を費やす必要があると科学的に推定されています。それほど気の遠くなるような労力を、機械の助けを借りずにすべて手書きで成し遂げたという事実こそが、ギガス写本の最大の偉大さなのです。

しかし、この超巨大な書物が生まれた背景には、「一晩で書かれた」という驚愕の伝説が語り継がれてきました。この記事では、この**「一晩の嘘」を検証し、科学が暴いた『20年間の孤独な闘い』**の真相に迫ります。


スポンサーリンク
bet-channel

😈 伝説の核心:悪魔に魂を売った修道僧「一晩の契約」物語

ギガス写本が「悪魔の聖書」と呼ばれる最大の理由、それは中世を通じて語り継がれてきた背徳的な起源の物語にあります。この物語こそが、写本の謎めいた魅力を形作っています。

破戒僧ヘルマンと死刑宣告

この物語の主人公とされるのは、13世紀初頭、現在のチェコにあったベネディクト会修道院に属していたとされるヘルマンという修道僧です。彼は当時の規律を破る重大な罪を犯し、修道院から生きたまま壁に塗り込めるという極刑を宣告されました。

絶望したヘルマンは、刑の執行を前に、自らの罪を償うため、そして命を救うために、驚くべき誓いを立てます。それは、**「一晩で人類の知識のすべてを収めた巨大な写本を完成させる」**という、文字通り不可能に近いものでした。

絶望が生んだ「悪魔との契約」

日が沈み、夜通しの作業を開始したヘルマンでしたが、その圧倒的な労力と残された時間の少なさを前に、自らの愚かさを悟ります。一晩でこの巨大な書物を完成させることは、人間の力では不可能でした。追い詰められた彼は、神にではなく、**堕天使(サタン)**に助けを求めました。

伝説によれば、ヘルマンは自らの魂と引き換えに、サタンに対し写本を完成させるよう懇願しました。悪魔はその契約を受け入れ、一夜のうちに驚異的な速度で写本を書き上げたとされています。ヘルマンは、悪魔への感謝の意、あるいは契約の証として、写本の指定のページに悪魔の自画像を描き加えたと伝えられています。この物語が、写本の「悪魔の聖書」という異名の由来となりました。


🔬 科学が暴く「一晩の嘘」:一人で、20年以上かけて書かれた真実

このドラマティックな「一晩の契約」の伝説は、あまりにも魅力的ですが、現代の科学的・歴史的な検証によって、その**「一晩」という部分は否定されています。しかし、その否定の根拠こそが、ギガス写本が持つ真の超人的な偉大さ**を浮き彫りにします。

驚愕の科学的証拠:筆跡とインクの完璧な一貫性

現代の専門家チームがギガス写本を詳細に分析した結果、以下の二つの決定的な事実が判明しました。

  1. 単一の筆写者による証明: 写本全体(約620ページ)を通じて、すべて同一人物の筆跡で書かれていることが確認されました。長期間の作業による疲労や筆圧の乱れ、書き方の変化などがほとんど見られないという、驚異的な一貫性を示しています。これは、複数の人間が交代で書いたという可能性を否定し、「たった一人の写字生によって書かれた」という事実を強く裏付けています。
  2. インクの組成の均一性: 使用されているインクの組成(化学的成分)も、写本の始めから終わりまで均一な特性を持っていることが判明しています。中世においてインクの品質を長期間維持し、継続的に大量に調合し続けることは至難の業です。この均一性は、一人の人物が長期間にわたり、同じ方法と環境で作業を続けたという事実を裏付けています。

「一晩」を否定し「20年間」を導く計算

一人の人間が、疲れの兆候もない一貫した筆跡を維持しながら、これほど巨大な写本を書き上げるのに要する時間を科学的に推定した結果、専門家は以下の結論を導き出しました。

  • 推定製作期間: 最低でも20年以上の歳月が必要。
  • 前提条件: これは、一日の睡眠や休息をほとんど取らずに、毎日筆写を続けた場合の計算です。

つまり、「一晩で完成した」という伝説は、**科学的には成立しない「嘘」**であったと証明されました。しかし、その否定の後に残ったのは、修道僧ヘルマン(または無名の写字生)が、20年もの間、一切の乱れなく集中力を維持し、超人的な労力を費やしたという、人間としての偉大さの証明でした。


✍️ 偉大さの証明:現代の巨大本と比較し「手書き」の困難さを知る

ギガス写本がどれほど規格外の存在かを知るためには、機械の助けを借りる現代の巨大書物との比較、そして当時の制作環境の過酷さを知る必要があります。

中世の写本制作を襲う「五つの困難」

ギガス写本が制作された13世紀初頭、一人で20年間この写本を書き続けた写字生が直面していた困難は、想像を絶します。

  1. 素材の調達と準備の困難さ: ギガス写本に使用された羊皮紙(パーチメント)は、推定で約160頭の子牛の皮から作られました。皮のなめし、洗浄、薄く削る工程は膨大な時間と労力を要するだけでなく、素材自体が非常に高価でした。この準備だけでも、一人の人間が数カ月で終えられる作業ではありません。
  2. 肉体的負担の限界: 当時の写字生の間では、「指三本で書き、身体全体を痛める」という言葉があったほど、写本制作は過酷な肉体労働でした。75kgもの巨大な書物を扱い、中腰や不自然な姿勢で、20年間近くペンを走らせ続けることは、人間の耐久力の限界を超えた重労働です。
  3. 作業環境の過酷さ: 中世の写本工房(スクリプトリウム)は、火災を防ぐために暖房がほとんどなく、冬は極寒でした。また照明も乏しいため、極度の寒さと薄暗さの中で、一文字も間違えずに集中力を維持することは、精神的にも非常に困難でした。
  4. 筆写の厳密性: 「一人の筆跡」が20年間完璧に維持されていたことは、その写字生が肉体的・精神的な疲労の全てを抑制し、常に最高の集中力と正確性をもって臨んでいたことを意味します。この偉業は、単なる「労働」ではなく、**「孤独な闘い」**と呼ぶにふさわしいものです。
  5. インクの継続的な調合: インクは自然素材から手作りされており、20年間もの間、一度も品質を落とすことなく大量のインクを調達・調合し続けることは、並外れた準備と管理能力を必要としました。

💀 悪魔の絵と天国の対比:ギガス写本の知られざる内容

ギガス写本は「悪魔の聖書」と呼ばれますが、その内容は単なる聖書の写しに留まらず、当時の知識の集大成でした。

悪魔の絵の対比的な配置

写本の中で最も有名なのが、577ページ目に描かれた、約50cmの大きさの悪魔の全身像です。この絵は、そのページの大部分を占めており、非常に強烈なメッセージ性を持ちます。

興味深いことに、この悪魔の絵が描かれたページの直前には、「天上のエルサレム」(理想化された天国の都市)の図が描かれています。これは、中世のキリスト教的教訓である「善対悪」「救済と破滅」というテーマを視覚的に表現するため、意図的に対比させて配置されたと解釈されており、写本が持つ文化的・教訓的価値を示唆しています。

聖書以外の知の宝庫

ギガス写本は、聖書(旧約・新約)のラテン語写し(ヴルガータ版)だけでなく、当時の重要な知識のほとんどを含んでいました。

  • ユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフスの**『ユダヤ古代誌』**
  • セビリアのイシドールスの百科事典**『語源論』**
  • 当時のカレンダーや様々な言語のアルファベット表
  • さらには、薬物療法に関する記述悪魔払い(エクソシスム)の儀式に関する章

これは、ギガス写本が、中世の修道院にとって当時の世界における最も重要な知識と教養の集大成としての役割を果たしていたことを示しています。


❓ 第五の謎:ギガス写本から「失われたページ」に何が書かれていたのか

ギガス写本にまつわる最後の、そして最も深いミステリーは、写本の中央付近から、おおよそ8ページから10数ページにわたる部分が、何者かによって物理的に切り取られ、失われていることです。切断面の様子から、これは写本の完成後に、強い意図をもって行われたことが示唆されています。

この失われたページには、一体何が書かれていたのでしょうか?

研究者やミステリー愛好家の間では、以下の説が有力視されています。

  1. 修道院の内部記録説: 抜き取られた箇所に、修道院の財産目録や、当時の修道院にとって不都合な秘密、あるいは個人的な記録などが記されていたという説です。外部への流出や、後の権力者による発覚を避けるために、意図的に削除されたと考えられます。
  2. 悪魔との契約の詳細説: 伝説の核心、すなわち悪魔との契約の具体的な内容や、悪魔を呼び出すための**禁断の呪文(魔術書)**が記されていたという説です。写本の名前と悪魔の絵の存在が、この説を最もドラマティックにしています。
  3. 異端的な教義や預言説: 失われた部分に、当時の教会や権力者にとって異端とみなされかねない、終末の預言や隠されたキリスト教の教義が記されていたという説です。写本が長きにわたり戦争の**戦利品として略奪された(後述)**運命を考えると、権力による検閲の可能性も十分に考えられます。

🌍 数奇な運命:ギガス写本の旅路と現在の所在地

ギガス写本は、長きにわたり故郷であるチェコ(ボヘミア)の修道院にありましたが、その運命は戦争によって大きく変わりました。

  • 三十年戦争での略奪: 17世紀に起こった三十年戦争(1618年-1648年)の最中、スウェーデン軍がプラハ城を攻略した際、ギガス写本は他の多くの貴重な芸術品や書物と共に戦利品として略奪されました。
  • 現在の所在地: このため、写本は現在、原産国であるチェコではなく、スウェーデンのストックホルムにあるスウェーデン国立図書館に収蔵されています。

現在もなお、この写本は光にさらされることで羊皮紙が日焼けするなど、その歴史の長さを物語る変化を続けながら、世界中の研究者による解読と分析の対象となっています。

結び:ギガス写本が今も人類に問いかけるもの

ギガス写本は、単なる巨大な本ではありません。それは、「一晩の嘘」によって覆い隠されていた、**「一人の人間の20年間にわたる孤独な闘い」**という真実の物語です。

その超人的な労力は、当時の人々が悪魔の助けという形でしか説明できなかった、人間の限界を超えた偉業でした。

悪魔の挿絵と、失われたページという永久の謎を抱えながら、ギガス写本は今もなお人類に問いかけ続けています。この巨大な書物に隠された真実、そしてそこに込められた中世の写字生の途方もない献身を、あなたはどう受け止めますか?


このギガス写本のミステリーの他にも、ボイニッチ手稿や死海文書など、世界には多くの謎に満ちた古文書が存在します。もしよろしければ、次の記事のトピックをご提案ください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました