「イヤホンをつけるだけで、嫌な臭いが弱くなる」
そんな不思議な説が、2026年10月5日放送の『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』(通称:オドぜひ)第386回で紹介されました。
音楽を聴く必要はなく、イヤホンを耳に装着するだけで匂いが弱くなるというのです。
番組では、オードリーの若林正恭さんも実際に臭いが弱くなったとコメントしています。
では、イヤホンをつけるだけで嗅覚が鈍くなることは、科学的にも証明されているのでしょうか?
調べてみると、イヤホンの装着だけで嗅覚が低下するという直接的な研究結果は確認できませんでした。しかし、音が匂いや味の感じ方を変えることは、複数の学術研究で報告されています。
今回は、番組で紹介された実験を振り返りながら、嗅覚と味覚に関する科学研究を紹介します。
『オドぜひ』第386回で紹介された「イヤホンで臭いが減る」という説

2026年10月5日、中京テレビで放送された『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』第386回。
この日の企画の一つが「イヤホンをつけると臭いが減る?」というものでした。
登場したのは、当時18歳の宮本椿さん。
宮本さんによると、アルバイト帰りに通る道には、いつも洗濯物の匂いがする家がありました。
その匂いを嗅ぐのが好きだったそうですが、ある日イヤホンをつけて通ったところ、いつもの匂いを感じなかったといいます。
ところが、イヤホンを外すと再び匂いがしたのです。
不思議に思った宮本さんは、ほかの場面でも試してみたところ、イヤホンを装着すると匂いが消えると感じたそうです。
若林が「ヘソくさ近藤」の臭いで検証
番組では、この説が本当なのか実験することになりました。
そこで登場したのが、過去にも出演したことがある「ヘソくさ近藤」こと近藤良介さんです。
近藤さんの強烈なへその臭いを使い、若林さんがイヤホンを装着した状態で匂いが変わるのかを確かめました。
その結果、若林さんはイヤホンをつけると臭いが「半減していた」とコメントしました。
つまり、番組内ではイヤホンによって臭いが弱く感じられるという結果になったわけです。
ただし、これはあくまで番組内での体験と感想です。
医学的な測定によって嗅覚が50%低下したという意味ではありません。
では、科学の世界ではどうなのでしょうか?
イヤホンをつけるだけで嗅覚は低下するのか?
結論からいうと、イヤホンを耳に装着するだけで嗅覚が低下することを直接証明した論文は、今回確認した研究の中にはありませんでした。
そもそも、人間はどのように匂いを感じているのでしょうか?
匂いを感じる仕組み

匂いの正体は、空気中に漂う小さな化学物質の分子です。
私たちが鼻から息を吸うと、匂いの分子が鼻の奥にある嗅覚受容体に届きます。
そこで生じた信号が脳へ伝わり、私たちは「コーヒーの香りだ」「焦げ臭い」などと認識します。
米国の国立聴覚・コミュニケーション障害研究所(NIDCD)も、匂いを感知する細胞は鼻腔上部にあり、そこから脳へ信号が送られると説明しています。
参考:NIDCD「Smell Disorders」(嗅覚障害と匂いの仕組み)
つまり、基本的な嗅覚の仕組みに耳の穴は直接関与していません。
そのため、耳を塞いだだけで鼻に届く匂いの分子が減少するわけではありません。
ただし、これだけでイヤホンの装着が嗅覚にまったく影響しないと断定することもできません。
感覚の認識には脳の働きが関係しており、別の感覚から受ける情報によって、匂いの感じ方が変わる場合もあるからです。
実際の研究① 大きな騒音で匂いを感じる能力が変化した
イヤホンの装着だけを調べたものではありませんが、音と嗅覚の関係を調べた興味深い研究があります。
2019年、科学誌『Neuroscience』に掲載された論文です。
研究論文:
The Impact of Acoustic fMRI-Noise on Olfactory Sensitivity and Perception(2019年)
日本語では「MRI装置の騒音が嗅覚の感度と知覚に与える影響」といった意味になります。
※論文の要旨は無料で閲覧できます。全文閲覧には制限があります。
50人を対象に騒音の影響を調査

研究では、正常な聴力を持つ19〜29歳の50人を対象に、2つの条件で嗅覚を調べました。
- 静かな環境
- MRI装置が発する大きな騒音を再現した環境
その結果、騒音のある環境では、匂いの検出閾値を測るスコアが有意に低下しました。
検出閾値とは、どの程度の濃さの匂いまで感知できるかを調べる指標です。
研究者たちは、MRI装置の大きな騒音が匂いの検出感度に悪影響を与えると結論づけています。
ただし、すべての嗅覚能力が低下したわけではない
興味深いのは、ほかの嗅覚能力には明確な変化が確認されなかったことです。
匂いを識別する能力、何の匂いかを特定する能力、匂いの強さの主観的な評価などには、統計的に有意な差が見られませんでした。
つまり、騒音は嗅覚の一部に影響したものの、すべての匂いが一律に弱く感じられたわけではありません。
この研究から分かるのは、聴覚への刺激が嗅覚の働きに影響する場合があるということです。
ただし、実験では大きな騒音を使用しています。音を流さずにイヤホンを装着するという『オドぜひ』の説を証明したものではありません。
実際の研究② 大きな音を聞くと食べ物の甘味と塩味が弱くなる

音が影響するのは嗅覚だけではありません。
2011年には、騒音が食べ物の味に与える影響を調べた研究も発表されています。
科学誌『Food Quality and Preference』に掲載された論文です。
研究論文:
Effect of background noise on food perception(2011年)
日本語では「背景騒音が食べ物の知覚に与える影響」という意味です。
※論文の要旨は無料で閲覧できます。出版社での全文閲覧は有料です。
ヘッドホンで騒音を聞きながら食べ物を評価
研究では、参加者にヘッドホンを装着してもらい、異なる音の条件で食べ物を食べてもらいました。
最初の実験には48人が参加しています。
条件は、音を流さない状態、小さなホワイトノイズ、大きなホワイトノイズです。
ホワイトノイズとは、さまざまな周波数の音を含む「ザーッ」という雑音のことです。
その結果、大きな騒音が流れているときは、小さな騒音のときに比べて、食べ物の甘味と塩味が有意に弱く評価されました。
一方、別の実験では、騒音によって食べ物のサクサク感が強く評価されるという結果も出ています。
なぜサクサク感は強くなる?
食べ物の味や食感は、舌だけで感じているわけではありません。
例えば、ポテトチップスを食べるときには、塩味だけでなく、噛んだ瞬間の「パリッ」という音も食感の判断材料になります。
研究では、騒音によって甘味や塩味の評価が弱くなった一方、サクサク感は強く評価されました。
つまり、音が食べ物の印象を変える場合でも、すべての感覚が同じ方向に変化するわけではないのです。
なお、この研究でも重要なのはヘッドホンそのものではなく、そこから流れる音の影響です。
イヤホンやヘッドホンを装着するだけで味覚が低下するとは結論づけられていません。
実際の研究③ 別のことに集中すると匂いに気づかなくなる
もう一つ、今回のテーマに関係する面白い研究があります。
2018年に『Psychological Science』で発表された論文です。
研究論文:
“What Smell?” Temporarily Loading Visual Attention Induces a Prolonged Loss of Olfactory Awareness(2018年)
日本語では「何の匂い? 視覚的注意への一時的な負荷が嗅覚への気づきを長時間失わせる」といった意味になります。
※オックスフォード大学の研究アーカイブで、採択済み原稿の全文が無料公開されています。
こちらは騒音ではなく、注意力と嗅覚の関係を調べた研究です。
コーヒーの香りがあるのに気づかない?

研究では、参加者に視覚的な課題を行ってもらいながら、周囲にコーヒーの香りを漂わせました。
参加者には、難しい課題と簡単な課題が用意されました。
すると、難しい課題に取り組んでいた条件では、簡単な課題の条件と比べて、コーヒーの匂いに気づいた参加者が42.5%少なかったのです。
つまり、匂いが実際に存在していても、別の作業に注意を奪われることで、その匂いに気づかなくなる場合があるという結果です。
研究者たちは、このような現象を「不注意性無嗅覚(inattentional anosmia)」と呼んでいます。
鼻が正常でも匂いに気づかないことがある
例えば、料理に集中しているときには、周囲で漂っている別の匂いに気づかないことがあります。
また、何かに夢中になっていると、ほかの人が気づいた匂いを自分だけ感じていなかった、という経験もあるかもしれません。
この研究が示したのは、鼻の嗅覚受容体の働きだけでなく、脳がどこに注意を向けているかも、匂いへの気づきに関係するということです。
ただし、これは視覚課題を使った実験です。イヤホンを装着するだけで注意力が変化し、嗅覚が鈍くなるという証拠ではありません。
なぜ音によって味や匂いの感じ方が変わるのか?

人間の五感は、それぞれが完全に独立して働いているわけではありません。
脳は目、耳、鼻、舌などから届く情報を組み合わせて、周囲の状況を理解しています。
このように複数の感覚が影響し合う働きは「多感覚統合」と呼ばれます。
音と味・匂いの関係は多くの研究で調べられている
2023年には、音と味覚・嗅覚の関係を扱った83件の文献、合計95の実験を整理したシステマティックレビューも発表されています。
研究論文:(PDF)
Exploring Crossmodal Associations Between Sound and the Chemical Senses: A Systematic Review Including Interactive Visualizations(2023年)
日本語では「音と化学感覚の間のクロスモーダルな関連を探る:インタラクティブな可視化を含むシステマティックレビュー」といった意味になります。
※出版社のサイトで論文の全文PDFを無料閲覧できます。
この論文は、それまでに発表された研究をまとめて分析する「システマティックレビュー」と呼ばれるものです。
レビューでは、2012〜2023年に発表された83件の文献から95の実験を整理し、音と味覚・嗅覚に関する329の関連を抽出しています。
ただし、音の種類、音量、使用する食品や匂い、実験方法によって結果は異なります。
音を聞けば必ず味や匂いが弱くなるという単純な仕組みではありません。
そして、こうした研究の蓄積があっても、耳を物理的に塞ぐだけで嗅覚が低下するという『オドぜひ』の説が直接証明されたことにはなりません。
イヤホンをつけるだけで臭いが減るか、自分でも試せる?
番組の実験を見て、自分でも確かめたくなった人はいるかもしれません。
身近なものを使ってイヤホンの有無による感じ方の違いを比べることはできます。
例えば、コーヒー豆などの匂いを使い、イヤホンをつけた状態と外した状態を比較する方法です。
ただし、実験するときには注意点があります。
同じ匂いを何度も嗅いでいると、次第に匂いを感じにくくなる「嗅覚順応」が起こります。
イヤホンをつけたときに匂いが弱くなったとしても、単に鼻が匂いに慣れただけかもしれません。
また、「イヤホンをつけると匂いが弱くなるはずだ」と思い込むことも、評価に影響する可能性があります。
科学的に検証するためには、イヤホンの有無を試す順番を変えたり、匂いの濃度を一定にしたり、複数の参加者で比較したりする必要があります。
家庭で試して違いを感じたとしても、それだけでイヤホンが嗅覚を低下させたと証明することはできません。
まとめ:イヤホンをつけるだけで臭いが減る説は本当なのか?
『オドぜひ』第386回で紹介された「イヤホンをつけるだけで臭いが減る」という説。
番組では実際に臭いが弱く感じられるという感想が出ましたが、今回調べた範囲では、その仕組みを直接説明できる科学的な研究は見つかりませんでした。
一方で、関連する研究からは次のことが分かっています。
- 大きな騒音によって匂いの検出感度が変化する場合がある。
- 大きな騒音を聞くと、甘味や塩味が弱く評価される場合がある。
- 別の作業に集中すると、周囲の匂いに気づきにくくなることがある。
- 音と味覚・嗅覚の相互作用は、多くの学術研究で調べられている。
このことから、聴覚と嗅覚・味覚が無関係というわけではありません。
ただし、「音を聞くことで感覚が変わる」と「イヤホンをつけるだけで感覚が変わる」は別の問題です。
番組で見られた現象が、イヤホンによるものなのか、それとも注意力や匂いへの慣れなどによるものなのかは、さらに詳しい検証が必要です。
いつも何気なく使っているイヤホンですが、今回の企画は、人間の五感が思っている以上に複雑な仕組みで働いていることを考える、興味深いきっかけになったのではないでしょうか。


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