ドイツのニュルンベルク、数千年の歴史を持つ古都の街並みが、一日にして世界最高峰のエクストリームスポーツの舞台へと変貌を遂げました。2017年9月、世界中のマウンテンバイク(MTB)ファンが固唾を呑んで見守る中、一人のライダーが物理限界を突破する歴史的快挙を成し遂げました。その名は、ニコリ・ロガトキン。
彼は、コース最終セクションに設置された巨大なビッグエア・ジャンプ台から飛び出し、空中でバイクと共に4回転、すなわち1440(フォーティーン・フォーティ)という、それまで「不可能」とされていた領域のトリックを完璧にメイクしました。この瞬間の映像は、GoProの公式チャンネルで公開されるやいなや、世界中で4,300万回以上再生され、今なおMTBシーンの「伝説」として語り継がれています。
本記事では、この伝説のランの全貌と、1440というトリックがどれほど異常な難易度なのか、そしてニコリ・ロガトキンという男がいかにしてこの高みに到達したのかを、技術的・歴史的背景から詳しく深掘りしていきます。
ドイツの古都が巨大なコースに!Red Bull District Rideの特殊性と熱狂
Red Bull District Rideは、他のスロープスタイル大会とは一線を画す「アーバンスロープスタイル」の最高峰です。カナダのウィスラーで開催される「Crankworx」などの自然の中での大会とは異なり、この大会の舞台はドイツ・ニュルンベルクの旧市街そのものです。
| 項目 | 詳細内容 |
| 開催場所 | ドイツ・ニュルンベルク(旧市街全域) |
| コース総延長 | 約1kmにおよぶ街中のセクション |
| 観客数 | 約8万人以上(街全体が熱狂的なスタジアム化) |
| 特徴的なセクション | 歴史的建造物の窓からのドロップ、エレベーター移動、狭い石畳の階段 |
この大会の最大の特徴は、ライダーが中世の面影を残す石畳や、歴史的な建物の間を縫うように走り抜ける点にあります。観客との距離は驚くほど近く、数万人の大歓声が石造りの建物に反響し、独特のプレッシャーと高揚感を生み出します。
ニコリ・ロガトキンは、この特殊な環境下で、誰よりも高い集中力を維持していました。GoProのPOV(一人称視点)映像を見ると、彼が狭い建物の通路を抜け、エレベーターでスタート地点へ向かう様子が確認できます。この「静寂」から、飛び出した瞬間に眼前に広がる「数万人の観衆」という視覚的ギャップこそが、この大会を特別なものにしています。
物理限界への挑戦!世界初「1440」がどれほど異常な技術なのか
一般的に、MTBのスロープスタイル競技において、一回転(360度)や二回転(720度)はトップライダーであれば必須のスキルです。三回転(1080度)になれば、世界でも限られた数名しか繰り出せない大技となります。しかし、ロガトキンが披露した「1440」は、そのさらに先、空中で4回まわるという異次元の領域です。
なぜ1440がこれほどまでに難しいのか、その理由を分解してみましょう。
- 回転速度の物理的限界: MTBはBMXに比べて車体が大きく、重量もあります。その重いバイクを空中で4回転させるためには、ジャンプの瞬間に想像を絶する爆発的なひねりの力を加える必要があります。わずかな軸のズレが、着地での致命的なクラッシュに直結します。
- 視覚的混乱: 空中で4回まわる間、ライダーの視界は激しく回転し続けます。自分が今、何回転目なのか、地面がどこにあるのかを瞬時に判断する「空中感覚」が、常人とは比較にならないレベルで求められます。
- 着地の精度: 1440(360×4)ということは、ちょうど進行方向を向いた状態で着地しなければなりません。少しでも回転が足りなかったり、多すぎたりすれば、時速40km以上のスピードで硬い地面に叩きつけられることになります。
回転数と難易度の比較表
| 回転数 | 呼称 | 難易度・解説 |
| 360度 | スリーシックスティ | プロなら基本中の基本。多くのコンボのベースとなる。 |
| 720度 | セブン・トゥエンティ | 高難易度だが、トップクラスのライダーならルーティンに組み込む。 |
| 1080度 | テン・エイティ | 通称「ツイスター」。これができるだけで優勝候補の一角。 |
| 1440度 | フォーティーン・フォーティ | 今回ロガトキンが成功させた技。 当時、実戦で決めたのは彼一人。 |
当時のトップライダーたちも1080までは到達していましたが、1440という「4桁の壁」をさらに一段階超えた回転数は、まさにMTBの物理学を塗り替える出来事でした。
The Machine:ニコリ・ロガトキンの異端なキャリアと執念
ニコリ・ロガトキンがこれほどまでに回転系トリックに強いのには、彼のバックグラウンドが大きく関係しています。彼はもともと、より軽量で小回りの利く「BMX」の世界でトッププロとして活躍していました。
多くのMTBライダーがマウンテンバイクのバックグラウンド(ダウンヒルやクロスカントリー)から入るのに対し、彼はBMXで培った「超人的な回転技術」を、そのまま重いMTBに持ち込んだのです。この「BMXの技術 × MTBのスケール感」というハイブリッドなスタイルが、彼に「The Machine(ザ・マシン)」という異名をもたらしました。
2017年のこの大会、ロガトキンは前日のベストトリック・コンテストでもこの1440に挑戦していましたが、その際は惜しくも失敗していました。しかし、彼は諦めませんでした。本番の決勝ラン、優勝がかかった最終ジャンプで、彼は再びこの「不可能」に挑むことを選択したのです。
映像の中で、彼が1440をメイクした瞬間の実況席の叫び声と、観衆の爆発的な盛り上がりを見てください。それは、一人のアスリートが恐怖を克服し、人類の限界を押し広げた瞬間への敬意そのものでした。
GoPro映像が捉えた臨場感:ライダーが見ている「4回転の世界」
この動画がこれほどまでに多くの人を惹きつける理由は、GoProによるPOV映像にあります。三人称視点(遠くからのカメラ)では「すごい回転だ」と客観的に見るだけですが、ロガトキンのヘルメットに装着されたカメラは、彼が実際に体験した「狂気の世界」を共有してくれます。
- 静寂のスタート: スタート地点に立つロガトキンの視界。深い呼吸と、これから始まる1kmのダウンヒルへの緊張感が伝わります。
- アーバンセクションの疾走: 歴史的な石畳の上を、サスペンションをフルに使って駆け抜けます。壁が迫りくるような感覚は、街中コースならではの恐怖です。
- 1440の瞬間: 巨大なジャンプ台にアプローチし、空中に放り出された瞬間、世界が激しく4回回転します。この数秒間、彼は文字通り「空を飛んで」いました。
- 歓喜のゴール: 着地が決まった瞬間の、ハンドルを叩いて喜ぶロガトキンの手元。そして彼を囲む数千人のファン。
このPOV映像によって、視聴者は単なる観客ではなく、ロガトキンの背中に乗って歴史的瞬間を共に体験する「当事者」になれるのです。
2017年大会の結末とMTB界への影響
この1440の成功により、ニコリ・ロガトキンは当時18歳の神童エミル・ヨハンソン(Emil Johansson)との激しいデッドヒートを制し、見事優勝を飾りました。
このランが与えた影響は計り知れません。
- 技術のインフレ化: ロガトキンの成功以降、スロープスタイル競技における「回転数」の基準が底上げされました。
- BMXスタイルの定着: 伝統的なMTBの乗り方に加え、よりアクロバティックなBMX由来の技術が不可欠であることを証明しました。
- アクションカメラの普及: この映像の圧倒的な迫力は、GoProというデバイスが「スポーツの感動を伝える最強のツール」であることを世界に再認識させました。
ニコリ・ロガトキンが2017年にニュルンベルクの空で描いた4回転の軌跡は、今もなお、マウンテンバイクというスポーツが持つ無限の可能性を象徴しています。もしあなたがまだ、この動画を音ありでフル視聴していないなら、ぜひヘッドホンをして、あの熱狂の渦に飛び込んでみてください。物理学を超えた瞬間の鳥肌を、きっと体験できるはずです。


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