コラ超深度掘削坑とは何か?
コラ超深度掘削坑(Kola Superdeep Borehole)は、旧ソビエト連邦が1970年にロシア北西部のコラ半島で開始した科学的掘削プロジェクトです。その目的は、地球の地殻を可能な限り深く掘削し、地球内部の構造や性質を直接調査することでした。このプロジェクトは、1989年に深さ12,262メートルに到達し、現在でも人類が掘削した最も深い穴として記録されています 。
穴の中の構造とは?コラ超深度掘削坑の内部解剖

掘削孔の物理的構造
コラ超深度掘削坑は、地表から垂直に掘り下げられた「主孔(main borehole)」を中心に、いくつかの分岐孔(branch boreholes)が掘られています。最も深いのは「SG-3」と呼ばれる主孔で、深さは12,262メートルに達します。
- 直径:最上部では直径約23cmあり、深くなるにつれて縮小され、最深部では約10cm程度の細さになります。
- 形状:単なる一直線ではなく、掘削中の困難回避のためにジグザグに微調整されている部分もあります。
- 材質:孔壁には掘削泥や金属製のケーシング(鋼管)が用いられ、一部には耐熱性・耐圧性の特殊素材が使用されました。
内部の温度・圧力環境
掘削が進むにつれて、孔内の温度と圧力は急激に増加します。
- 温度:深度12,000mでは摂氏180℃に達し、当初の予測(100℃)を大きく上回りました。この高温は掘削機材に深刻な影響を与え、最終的な中止の原因のひとつとなりました。
- 圧力:数百メガパスカル(MPa)に達する高圧環境が存在し、掘削孔の閉塞や岩石の塑性変形(粘土状に潰れる現象)を引き起こしました。
岩石層の構成と特徴
掘削を通じて観察された地質構造は、従来の地震波解析からの予想と異なる点が多数ありました。
- 上部地殻(0〜7km):花崗岩や片麻岩などの硬質岩が主体。
- 中部地殻以降(7〜12km):当初は玄武岩があると予測されていたが、実際は変成作用を受けた花崗岩が続いており、地震波速度の変化は岩石の変質に起因することがわかりました。
掘削中に観測された物質
- 地下水:深さ数千メートルにもかかわらず、岩石の微細な割れ目から水が染み出す現象が確認されました。これはマントル由来の水か、化学反応で生成された可能性があります。
- 水素ガス:掘削泥水には高濃度の水素が含まれており、地球深部における化学反応の一端を示唆するものです。
- 微化石:約6〜7km地点の岩石から、原始的なプランクトン由来の微小化石が検出され、20億年前の海洋堆積物が地下深部に存在している可能性が示されました。
掘削技術と地質学的発見
掘削には、ウラルマッシュ社製の「Uralmash-4E」および「Uralmash-15000」掘削リグが使用されました。掘削は複数の段階に分けて行われ、主坑から分岐する形で複数の副坑が掘削されました。掘削が進むにつれて、予想以上の高温や高圧、岩石の変形などの困難に直面しました。特に、深度12,000メートル付近では、岩石が塑性変形を起こし、掘削孔が閉じる傾向がありました 。
地質学的発見
予想外の地温上昇
掘削チームは、深度12,000メートル付近で地温が180℃に達することを確認しました。これは当初予想されていた100℃を大きく上回るもので、掘削機器の耐熱限界を超えていたため、これ以上の掘削は困難と判断されました 。
地震波速度の異常
地震波の速度変化から、深度7,000メートル付近で花崗岩から玄武岩への岩石の変化が予想されていましたが、実際には花崗岩が続いており、地震波速度の変化は岩石の変質によるものであることが判明しました 。
微小化石の発見
深度6,700メートル付近の花崗岩から、約20億年前の微小なプランクトンの化石が発見されました。これらの化石は、極限環境下でも生命が存在していた可能性を示唆しています 。
地下水と水素ガスの存在
予想外にも、深部の岩石中に水分が存在し、掘削泥水には大量の水素ガスが含まれていることが確認されました。これらの発見は、地球内部の化学反応や流体の挙動に関する新たな知見を提供しました 。

科学と政治が交差した場所コラ超深度掘削坑の地政学的背景
冷戦時代の科学競争
コラ超深度掘削坑のプロジェクトは、1970年に旧ソ連によって開始されましたが、その背景には冷戦期の米ソ科学競争がありました。
アメリカの「モホール計画」:1958年、米国も地殻を貫通してマントルに到達しようとする「モホール計画(Project Mohole)」を立ち上げていました。この計画は最終的に予算超過と政治的混乱で1966年に中止されましたが、ソ連はそれに対抗して国家威信をかけた地質学的チャレンジとしてこの掘削プロジェクトを推進しました。
技術的優位のアピール:宇宙開発と同様、地球内部の探査も国力の象徴とされ、ソ連は世界最深の掘削記録樹立を通じて、国際的な科学技術力の高さを誇示しようとしたのです。
軍事的・資源的関心
- 軍事利用の可能性:一部の専門家や文書では、掘削技術の軍事転用(例:地下核実験やトンネル技術への応用)も視野に入っていたのではないかという指摘があります。ただし、具体的な証拠は乏しいままです。
- 資源探査との関連:このプロジェクトは純粋な基礎研究が目的とされていますが、深部に眠る鉱物資源やエネルギー資源の存在も注目されており、技術的知見は将来的な資源開発に応用可能と見られていました。
プロジェクトの終了と国際的な変化
- ソ連崩壊の影響:1991年のソ連崩壊により国家的支援が打ち切られ、1995年には正式にプロジェクトが終了します。この間、資金不足と政治的混乱が深刻化し、掘削施設は放棄されました。
- 国際協力の欠如:冷戦構造の影響で、西側諸国との情報共有や共同研究はほぼ皆無であり、知見は長年にわたり「閉鎖的」に保たれていました。今日に至ってもそのデータの多くが英語圏にはあまり知られていません。
プロジェクトの終了とその後
1992年、予想以上の高温や技術的制約により掘削は中止されました後、資金不足や政治的要因により、1995年にプロジェクトは正式に終了しました。現在、掘削孔は金属製の蓋で封鎖され、周囲の施設も放棄されていますが、科学的偉業としてその存在は語り継がれています 。
都市伝説と真実
コラ超深度掘削坑には、「地獄の声」と呼ばれる都市伝説が存在します。これは、掘削中に地下から人々の叫び声が聞こえたというもので、録音された音声がインターネット上で拡散されました。しかし、これは1972年の映画『バロン・ブラッド』のサウンドトラックを編集したものであり、科学的根拠はありません 。
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